《 「センターコート」あらすじ 》
少年は、偶然『彼』に出会った。まさしく運命的な邂逅だった。その地はアメリカ合衆国フロリダ、彼の名はボビー・ライディン。ボビーは、国が誇る世界的プロテニスプレーヤーであった。ひょんなことから、彼の驚愕のサーブを目の当たりにすることになる。それはまさに人生を変える一撃であった。
ボビーの招待で全米オープン決勝を観戦することになった少年こと風卯迅(ふうう じん)は、もうひとりの『彼』を知る。彼もまた、有名トッププロであり、ボビーとはいわく付きのライバル関係にあった。
決勝戦という華々しい場所で、目の前に繰り広げられる彼らの熱戦。さらには傍らで彼を応援する絶世のブロンド美女への憧憬。此処全米オープンのセンターコートが、大勢の人間たちの分岐点になって、運命の糸がもつれてゆく。
ベースボールに夢中だった少年が、いつしかテニスの虜になっていた。趣味の一つとしてやっていたテニスだったが、それ以後、本格的にのめり込んでいくのである。
転居してロサンゼルスのテニスアカデミーへ通うことになった迅は、友情とスポーツとの狭間で葛藤し、貴重な出会いや切ない別れを経験する。
泣き虫で風采の上がらぬ迅だが、不可避な事件を切っ掛けに、偶然にも必殺技『ZERO(ゼロ)ショット』を身につける。そんなある日、のっぴきならない事態からある人物のコーチを受けることになる。さらにカトリーヌやナターシャという可憐な少女たちを巻き込んで、すれ違いや不安に満ちた練習の日々を送るのである。不信のコーチとは軋轢を繰り返し抗いながら、少しずつ実力をつけてアカデミーで頭角を現していった。
日本へ帰国した迅は、ひとりの天才選手と衝突する。傍若無人なその選手は、奇異なプレースタイルであるにもかかわらず侮れぬ相手だった。ただ、試合を通して異なる感情が芽生え始める。
そうして舞台は、国別対抗戦デビスカップへ。
歴戦の戦士らとの試合を重ね、経験を積んで日本代表選手団はチームワークを強め、やがて一つにまとまっていく。ついには宿運の相手、皇帝と称されるモンテンベリと遭遇する。絶対的な王者への挑戦。そこで得たものは……。
幾多の激戦を経てプロになった迅は、強者たちの影響を受けつつテニススタイルを進化させる。様々な想いを胸に秘めて、とうとう『彼』との宿命の対戦へ臨む。ネットを挟み相対する矜持——。
果たしてその結末は?
待ち受ける運命とは?
テニスを心から愛する少年の成長と、『彼』を軸に絡み合い、取り巻く人々の物語。
《 本編・一部抜粋 》
戦慄がはしる。混乱した迅は、幾度も深く深く呼吸した。まだ辛うじて残っていた理性の欠片によって、しびれて感覚が鈍った指先をもたつかせ、シューズの紐を締め直す。間合いを少しでも長くとって、落ち着きを取り戻そうとした。
「だとしたら、なおさら負けるわけにはいかない。僕はあんな傍若無人でむしずが走るやつなんかに、絶対関わりたくないっ」
武者震いがして,躯に熱いものが込み上げてくる。躯中の細胞という細胞が,拒絶反応を起こしかけているみたいだ。なんとか呼吸を整え、邪念を振り払い、かっと眼を見開く。湿り気を失った唇を舐め,意を決して、迅はスライスサーブでボディー正面を狙った。
スピードがのったボールは、男のバックサイド側から抉るように身体めがけて食い込んでいく。男の予測を超えて激しく曲がったサービスに、バックハンドの強打が、球威に圧されて窮屈なかたちになった。
「ちっ、甘くなったか」
男のリターンは、厳しい返球を警戒して迂闊に前へ出られず、ベースライン付近にとどまる迅の左側、バックサイドに飛ぶ。迅は駆け出しつつ素早く頭上にラケットを引くと、肩を入れて構えた。膝が柔らかく沈み込む。下半身に誘導され、激しく弾みかけたボールを両手で上から押さえ込むようにインパクトへもっていく。とらえたボールをガットで包み込んだまま、左手を強く押し出しながら突き放す。最後は右手一本で前方へ大きくフォロースルーをとって振り抜いた。この一連の動作をバッティングで培ったスイングスピードで瞬時に行うのだ。結果、人並み外れたラケットのヘッドスピードが生み出され、ボールへ凄まじいアンダースピンを伝える。
「なんだっ?このショット」
打ち出された低い軌道を描くボール。それが男のコートでほとんど弾まずに、鋭く滑ってエースになった。入射角より明らかに反射角が小さい、と言うより皆無(ゼロ)に等しい。フラット系の速さを備えているのに、まるで氷の上を滑るような、高速かつ攻撃的なバックハンドのスライス(縦の逆回転をかけたいわゆるバックスピンボール)ショットだった。
「ほう、やってくれるじゃないか。こいつはたまげたな。一般論としてスライスショットは、繋ぐための守りの打ち方だ。ふふ、やはり、磨けば光るやもしれん……」
僅かに男の口元がほころんだ。
極度のプレッシャーを撥ね除けた迅が、四十——四十(フォーティー・オール)のデュースに追い付く。次の一球が勝負の分かれ目だ。
少年の耳に、あの日の大歓声が聞こえた。小ぶりな公営のテニスコートが、巨大なアーサー・アッシュ・スタジアムに変貌する。今、そこに自分は立っている。ほんのつかのま、そんな錯覚が支配した。
四肢にまで気力を漲らせ,咆哮するがごとき唸り声が、腹の底から自然に発せられた。まさに獲物を狙うハンター。全身にためをつくってから、トスしたボールを素早く追いかけて、磁石で導かれる感じで一気にインパクトへ向かう。本能が解放し、迅の全てを注ぎ込んだサーブが奔る。
《本編 39文字×36行 239頁》 (小説又は漫画原作)
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